Short stories

Lazy Rainy



ふつり
海底から気泡が生まれて水面へ向かうように意識が浮上してくる。
ふつり、ふつり
漂うようにぼんやり拡散していた意識がだんだんと自分の中心に集まってくる。
わずかに動かした指先が、質の良い綿のシーツの手触りを、閉じたままの瞼の裏で薄明かりを感じた。
遠くから聞こえてくるような水音は、さらさらと霧のように降る雨の音。

雨が世界を閉ざす。
孤立したこの部屋で浮かび上がるものの覚醒しきらない意識がふわふわと漂う。
細く軽く降り続く雨が浮かび上がった意識を再び沈ませる。
そうやってゆっくりと水浸しになって行く。

何度もそれを繰り返してようやく瞼がぴくりと動く。
身体を反転させるとひやりと冷えた肌触りが心地よい。
体温を吸って温んでいたシーツは気分が悪かったのだなぁということに気付く。
そこで初めて自分は夢をみていたのだと思い出した。
後味の悪い夢。
かつては夜中に飛び起きるほどの悪夢だったように思うが、年月と共にそれもなくなった。
今となっては若干の後味の悪さを残すのみだ。
それを慣れたとか薄れたとか、あるいは忘れたとか言うかも知れないが、未だに夢見を悪くさせる程の出来事だったとも言える。
記憶は無くしたり忘れたりするものじゃない。常に自分の中にあり、思い出さなくなっていくだけだ。
綺麗な色をした思い出は記憶の海のうわべを漂い、その逆は底に沈んで取り出すことも億劫になる。
それがたまに浮上して嫌な汗をかかせるだけだ。

とりあえず自分の中で決着をつけ、のろりと身体を起こす。
ずり落ちるようにベッドから降り、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
毎朝決まっているよ動作に、迷いはない。
飲み切れずに残してあったほうのボトルに手をかけると、ぷしゅんとゆるい炭酸の音がした。
口に含んで顔をしかめる。
最近気に入りのガス入りのミネラルウォーターは、強い炭酸でシャキッと目が覚めるのが好みだったのに、栓が緩かったのか舌に感じる刺激はわずかだった。
飲みきったものの、小さく舌打ちしてペットボトルを放る。
それは理想的な放物線を描いたが、ゴミ箱の淵に弾かれて床に転がった。
再び舌打ちし、ペットボトルを拾い上げるのに腰を折る。
くらり
その瞬間軽く目眩がした。
ああ、成る程。
浮き沈みする意識にだるい体は、熱のせいか。
休日に合わせて体調を悪くするとは、いかにも仕事人間のようで笑えた。
新しいペットボトルを手に取り、再びベッドに体を預ける。
ぼふり
これだけは、とこだわったベッドは軋みも揺れもせずに受け止めてくれた。
自覚すると余計に熱が上がった気がするなんて、医者的にナシだろ、と自嘲。

観葉植物に水をやる
シーツをプレスに出す
靴を磨く

いつもしているそれらのことも、途端に億劫になった。
それもこれも、降り続くこの雨のせいだ、と再び瞼をおろす。
そこのソファで、仏頂面で、それでも心配げな雰囲気を漂わせながら本読んでいる人でもいればいいのに
なんて考えてしまうのも。


雨が柔らかく耳を塞ぐ
窓からの鈍い光は室内を優しく映し
俺はこの部屋に取り残されて、また眠りに落ちる。



 
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