Short stories-つもりん-

味方




「でっかい図体してウダウダしてんじゃねーよ、鬱陶しい」
休憩室で考え事をしていると、後から入ってきた先輩に景気よく後ろ頭をはたかれた。
考え事。
つまりは俺とヒロさんにまつわること。
まだ研修医で一人前とは言えない俺。
気にしないでいいと言われても、気になるのは仕方ない。宮城教授や宇佐見先生のこと。どうしても嫉妬してしまう自分の小ささはもういっそ認めてるんだけど、そんな中でも自分で出来ることっていうか…
ようするにヒロさんのマンションに住まわせてもらっている状態から、自分名義の家に住んで欲しいだとか
そうする為にもまずは収入面だろうと思うと、自分の進路をどうしたものかとか、ここのところそんなことばっかりぐずぐずと考え込んでいた。

「あ、先輩。お疲れさまです」
はたかれた後頭部を撫でながら振り返ると、煙草を咥えてまさに火をつけようとしている先輩が立っていた。
座っていたソファの端に寄ってスペースを空け、灰皿を置く。
この先輩−津森先輩−は、とても人当たりがいい。
それがチャラっとして見えるんだけど(見えるって言うか、事実チャラっとしているんだけど)、部長の信頼が厚いし、仕事ぶりを近くで見て勉強させていただいてる身としては、その医師としての考え方とか取り組み方を尊敬している。
「ヒロさんと釣り合うような」なんていうカタチもゴールももないような目標を持つ俺にとって、初めて目に見える形での『目標』だった。
比較的歳が近いということもあり、今までの俺の人生の先輩たち(社長連)とはまた違う、親しい付き合いをさせてもらっている。

「飲みに行くかぁ」
相談しようかな、という俺の心のうちを見透かしたように先輩のほうから声をかけてくれたので、幸い急患もなく、気になる様態の子供もいなかったその夜、連れ立って飲みに行くことになったのだった。

今まで連れて来てもらったにぎやかな店とは違う、落ち着いたバーに連れられた。
隣とのスペースが十分にとってあり、込み入った相談には丁度よい。
「で、なーにをそんな悩んでいるのかな。草間センセーは」
今までも昼休みや夜勤が重なったときにそれとなく進路に関しては相談はしていたから、察しの良いこの人のことだからおおよそは予想済みだと思いながら、ぽつりぽつりと話し出す。
決して上手に話せているわけではない、俺の話を、我慢強く聞いてくれているのがわかる。
「・・・ということなんですが」
話し終えると、目の前にあったグラスから酒を一気に呷った。
今まで飲んだことない、上等の酒がカっと喉から胃を焼く。胃からもその芳醇な香が立ち昇り、頭をぼうっとさせる。
ふぅ、と細長く煙を吐き、とんとん、と煙草の灰を落とした先輩が、ようやく口を開いてくれた。

「答えは至ってシンプル。どこが迷いポイントなのかシラネーけど、自分の出来ることからはじめるって、もう分かってんじゃん? 行動するキッカケを逃すなよ」

なんだか心の中に凝り固まっていたものがほぐれたのか、すっと力が抜けた。
そうか、答えはあるじゃないか。
目の前に運ばれてきていたお代わりのグラスを再び口に運ぶ。
美味い
味わうことが出来た。
何を悩んでいたのだろうと思ったし、背中を押してもらえたとも。
見えていた道
選ぼうと思っていた道
一歩踏み出すのに必要だったのは、きっとこんなちょっとした後押し。



***


時間がないっていうのは、こういうとき本当に厄介だ。
ゆっくりと誤解を解くことが出来ない。
ただでさえ言葉が足りない俺に、はやとちりして受け取って、悪い方向へ考えてしまいがちなヒロさん。
こんな俺たち二人の間に生まれた誤解は、ちゃんと時間をとって、ちゃんと気持ちを伝えて説明してほぐさないといけないのに。

あの日の先輩の後押しを受けて、不動産屋に部屋探しの依頼を出すという行動に出た。
その一歩が嬉しくて、また先輩に誘われるまま飲みに行き、先輩の医学生時代や研修医時代の話を聞いてたら、気が付いたらとうに終電が終わっていた。
別に酔っ払って気が大きくなっていたわけではないのだけど、先輩を部屋に上げて、ヒロさんにあらぬ誤解を招いたのは全くもって俺が悪いと言うのに(先輩が余計なことを言ったのもあるけど!)、初めてヒロさんに対して声を荒げてしまった。
あぁ、本末転倒。

詫びるどころか、説明もままならず無常にも鳴る呼び出しのコール。
後ろ髪引かれる思いで病院にもどって、そしたらまたしばらく時間が取れない。
こうやってこじれた糸は、時間がたてばたつほど硬く結ぼれて解きにくくなる。

ボストンを忘れたことを口実にヒロさんに病院に来てもらうことが出来たのはいいものの、また先輩に引っ掻き回されてしまった。
コレに対する制裁はヒロさん本人からボストンで殴られというカタチで受けてはいたが。
「ヒロさん待って…!せ、先輩!大丈夫ですか!」
走って逃げるヒロさんを追いかけるのにかかる時間を計算して、大泣きしている子供たちに大丈夫だよと笑顔で答え、先輩の様子を確認した。
フルフルと震える指でヒロさんを追えと指差して

「固く握りしめてちゃ手はつねげねぇって、カミジョーサンに言っとけ」

それだけ言って、パタリとオチてしまった。
たんこぶだけなのを確認してナースに託すと、大急ぎでヒロさんを追いかけた。
初めて会ったヒロさんのことを色々必死過ぎて面白いなんて言ってたのと同じことかな、とチラリと頭の片隅で考える。
俺もヒロさんも、余裕が必要ってことかな。

結局このことがきっかけでヒロさんの誤解も取れ、俺の思いも話すことが出来た。
どうやら応援してくれているようなのだが、どうもその手法が引っ掻き回される方向というのはいただけない先輩だ。
けれど今回に関してはそうやって背中を押してもらえたし、勢いももらえた。
やっぱり頼りなる、という結論にしておこう。
ヒロさんに口付けながら、そう思った。



<おわり>
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