Short stories-つもりん-

雪見鍋






その扉を開ける時、弘樹は必要以上に慎重になっていたと言える。
それは当然と言えば当然のことで、ここ2年、ついウッカリあの男 ?野分の先輩であり自分にとっては天敵とも言えるー に押し掛けられ、のみならず2年連続連れ出されて、図らずも2年連続年越しをしてしまっているのだ!
普段なら自分で鍵を開けて入ってくるはずの同居人であるところの恋人がドアフォンを鳴らしたところからして疑っている。
ドアスコープを慎重に覗く。
昨年はこの視野の狭いスコープから服の一部が見えて安心して扉を開けてしまってまんまと部屋に押し入られてしまったから。
同じ轍は踏むまいと覗き込んだ歪な視界に、疲れが見えるものの、のんきに微笑む顔と両手いっぱいに荷物を抱えている姿を確認してからようやくロックをはずした。

「どーもー!おっじゃましまぁーっス」

その途端、野分の大きな身体を盾にするように後ろに隠れていた人物がひらりと姿を現したと思うと、いち早く部屋の中に入ってしまった。

「ちょ、おいっ!」

慌てて後を追ったものの、勝手知ったるとばかりにいそいそと手に持った荷物をテーブルでほどいていた。

「オマエ、どーいうつもりだっ」

玄関先で弘樹が野分に小声で詰め寄ると

「や、あの・・・どうしても年越し鍋しようってきかなくって」

無理矢理押し切られている姿が見えるようだった。
あがられた以上は追い出す訳にも行かず、『2度あることは3度ある』と言う先人の言葉を噛み締めながらコタツで鍋を囲む羽目になったのだった。

「さー、じゃんじゃんおろせよ!」

野分が両腕に抱えていた荷物のほとんどをこの大根が占めていた。
どうやら鍋は『雪見鍋』
大根おろしと日本酒で、アンコウやら白菜を炊く
。 身体も温まるし、冬には最高だ。
(コイツがいなけりゃぁな!)
弘樹のココロの声が届いたのだろう、深く刻んだ眉間の皺を見てくつりと笑うと

「まーまー。そんな顔しないで。ホラ、日本酒も金箔入りですよ!!」

鍋にするには惜しい上等の日本酒を翳して無邪気そうに笑ってみせられたら、独りぷりぷり怒っているのもバカらしくなって、観念して鍋を囲んだのだった。

鍋の日本酒は温められてアルコール分は飛ぶとはいえ、日本酒ベースの鍋にワインという奇妙な組み合わせに3名ともが程よく酔っ払い、おそらく一番疲れていたのであろう野分はそのままウツラウツラしだす始末。
ちょうどその頃、遠くから除夜の鐘が聞こえてきた。

「あー、ここん家は聞こえるんスねー」
「数えたことはねーけどな」

健やかな寝息を立て出した野分をよそに、ぽつりぽつりと会話を交わす。

「煩悩が百八つかぁー」

特に答えを求めない独り言のように津森が呟き、

「そんなにねぇよなぁ?」

くるりと弘樹の方を振り向いて言ったその顔は、いつもの少し意地の悪いもの(弘樹目線)ではなく、存外素直なものだったので必要以上に弘樹の心臓がドキリと高鳴った時。

「えぇっ。百八つじゃ足りません!」

寝ていたと思った野分がむくりと起き上がると

「ヒロさんにフリルエプロンして欲しい、ヒロさんにアーンして欲しい、ヒロさんとお風呂で…」

寝ぼけているのだろう、語尾がふにゃふにゃとしながらへらりと笑って数えてみせる。

「だぁあ!テメーは寝てろ!!」

2010年の草間家は、弘樹の景気のいい怒声と津森の笑い声で賑やかに締めくくりとなった。




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