Short stories-つもりん-

breath...





視界に入らないように、入らないように。
意識しないように、しないように。
そう思えば思うほどチラチラと見てしまう。
リビングのテーブルの、自分が座る席とは一番離れた角に置かれた携帯電話。
いっそ電源を落とすなり鞄に仕舞うなりすればいいものを
緊急の要件があったら困るから
時間を確認するため
なんて小さな理由をつけて中途半端に手元に置くのが、我ながら女々しくて嫌になる。

本日、世間で言うところのクリスマス当日。
世間がそうだって言うだけで、俺には全く! 一切! 関係がないのだが、
浮ついた世間の雰囲気にちょっとは影響されたのと
野分が“クリスマスはヒロさんと一緒に”なんて言うものだから
仕方なく、本当に渋々意識してしまっている、現在22時。
(ホラ、やっぱりこんな時間だ)
小さくため息をついて開いていた本を閉じる。どうせたいして頭に入っちゃいなかった。
学生じゃあるまいし、社会人たるものクリスマスごときに振り回されることなどありえない。
それは本当にそう思っている。
ただ、野分が楽しみにしていたから、ついうっかり心待ちにしてしまっていただけのこと。
優先すべきは仕事で、ましてやアイツは命にかかわる現場なのだから、今回のようなあるかなきかの約束など取るに足らないことなのだ。

そうやって自分のソワソワした心を納得させたとき。
携帯が振動してガタガタとテーブルを鳴らすのに、飛び上がって驚く。
あわててディスプレイをみると、待ち人来たる、ってまだ来ちゃいないけど、(つーか待ってもいないけど!) 案の定野分だった。
クリスマス終了2時間前。
上出来だと思おう。
2コール、「帰れません」なのか
3コール。「今から大急ぎで帰ります」なのか。
4コール目で大きく深呼吸をして逸る心臓をなだめ、
5コール目でコホンと咳払いをして浮ついた声が出そうなのを抑える。
そして6コール目
「も、もしもし」
何気ない感じで出れたハズだ
「メリークリスマス!“ヒロさん”」
耳元で聞こえた声は携帯の持ち主のものではなかった。
「なんでアンタがアイツの携帯持ってんですか」
思いっきり不機嫌な声になるのを取り繕う気はない。
ククっと笑った津森は
「ちょっとしたアクシデントですよ」
なんて笑うが、ほぼワザとだと確信してしまうのは俺の性根が曲がっているからでは決してなく、ひとえにコイツの普段の言動のせいに他ならない。
「野分と交代なんすよ。乗ってきません? 津森便」
実はもう家の前ですという強引さに呆れ、でも野分を迎えに行くという大義名分には勝てずに、せいぜい仏頂面だけはキープして家を出た。
知らない人の車に乗ってはいけません、なんて昔母親に言われた台詞がチラリと頭をよぎる。
すると、まさか頭の中が見えたわけでもあるまいに、
「かどわかしたりしませんよ?」
とニヤリと笑ってみせるコイツはやっぱり苦手だ。
車で10分ほどの距離。
チャラい曲でもかかっているという予想は外れて、車内は男性ボーカルによるジャズが小さく流れていた。
「冬休みですからね、インフルエンザだけじゃなく怪我から何から、小児科は大混雑です」
野分も、たまに着替えを取りに帰った時に数時間仮眠はしているようだが、ゆっくり話せたのはいつぶりか思い出せない。
「そんなカワイソーな野分クン及びその恋人サンにクリスマスナイトをプレゼントすべく津森センセーは風呂入って着替えただけで病院に戻るワケですよ」
さっき電話では“交代”と言っていたが、どうやら彼も単に着替えに帰っただけのようで、そして野分を帰してくれるということらしい。
またいつかのように約束が気になって役にたってないんじゃないだろうか、だから帰されるんじゃないだろうか、と少し嫌な予感がよぎる。
「ご心配なく、ちゃんとやってますよ?」
「別に。心配なんてしてねーし」
「・・・ソウデスカ」
表情は確認していないが、その声色からヤツが笑いを堪えている事がわかる。
イライラする。
放っておいてくれたら良いのに。
イライラするのは、見透かされているから。当たっているから。気付かされるから。考えさせられるから。
それら全てを素直に受け入れられないのは、やっぱりコイツのせいだ、と結論付ける。

車が職員用の駐車場に滑り込み、出入り口の近くに停車する。
車から降りると途端に冷気に襲われぶるりと震える。
でも職員用の出入り口から俺が入る訳にも行かないし、津森が戻ればすぐに野分が出て来れるようなので、このまま待つ事にした。
いずれ、あの通用口の扉から野分が飛び出て来るだろう。
アイツは体温が高いから、少々俺が冷えていても丁度いいんだ。
「さみーなぁ」
だったらさっさと院内に入れば良いものを、津森は俺と並んで車に凭れた。
見れば、風呂に入って来たと言うその襟足はまだ若干水分を含んでいるようで、それこそ本当に風邪を引いてしまうと心配になる。
(もちろんコイツにダウンされては野分が大変という意味で、だ!)
病院に戻れよ、と言おうとするより先に津森が口を開いた。

「上條サン、アイツやめて俺にしませんか?」

はぁ?!
何言ってんだ、と言ってやろうと勢い良く津森のほうを見る。
きっといつものようににやけた気に食わない顔して、からかうように笑ってるんだろうと思いきや、
それはむしろ無表情のように見えて、
俺の方さえ向かずに、目の前に吐き出した白く氷る息を見ているようだった。
それが意外で目をみはる。
一瞬ドキリとしたが、この男に限って本気と言う事はあるまい、ならば。

「じゃぁ、そうしようかな」

意趣返しとばかりにそう答えてみた。
ぴく、と僅かに眉が動いただけだ。
「せいぜい大切にして貰おうか」
早くいつものように茶化して欲しくて言葉を重ねる。
「あら、そりゃまた他力本願ですね」
ようやく口の端にニヤリとした笑みが浮かんでほっとする。
その表情もセリフもやっぱり癪に触って、なんで俺の方が焦ってたんだと心底バカらしくなった。
さぁ、これで今度こそもう去って欲しい、そう思ったのに

「もちろん大切にしますよ? 俺なりに、俺の流儀で」


さぞかし間の抜けた顔をしていたのだと思う。
俺の「流儀で」ってなんだよ、それも随分勝手な話じゃねーか。
相変わらず俺の方を見ない横顔にそう言おうとした時、ついに耐え切れないと言うようにぶはっと吹き出し、
「さ、そろそろ野分と交代だ。じゃあ、良いクリスマスを」
それだけ言い残してひらひらと手を振って院内に入ってしまった。
振り返りもせずに。

一体なんだったんだ。
てか、冗談だよな?!
まさか本気にしてないよな?!
いいもわるいも言ってない、冗談だと確認もしていないとと気づいた時には、津森の姿はもうとっくに消えていて。
やがて津森の消えた扉から転がり出るように駆け出して来た野分に、そのままの勢いで抱きしめられた。
「ヒロさんっ、あぁ、こんなに冷えて・・・お待たせしました!」
どアップの野分を見たら、まさか本気と思ってないだろうという楽観的な考えが浮かび、やがてそれすらも熱い口づけに飲み込まれて消えて、そっと瞼をおろした。

ぎりぎり、メリークリスマスの23時。


<終>


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