Short stories-つもりん-

Days...

電子音で起こされない朝、というのは久しぶりで、やっぱりたまにはいいなと思う。
昔は翌日休みともなれば、大音量の中で夜を明かして、朝日の中を灰になりそーになりながら帰ったモンだったけど。
大音量の中に身をおけば何も考えなくて良かった。
ただ音楽を追うだけで。からっぽになれる。
寝ていても夢は見るから。

そういうことをしなくなったのは、まぁ無茶をしても遊ぶという時期を過ぎたのと
“何も考えなくてもいい”状態になりたいほどヤワじゃなくなったってことだろうか。

呼び出しコールやアラームで無理やり引き起こされたわけではないが、不思議なもので午前中に目が覚めた。
どうも惰眠をむさぼるようには出来ていないらしい。

「くぁ・・・」
むくりと体を起こし、大きく伸びをする。
枕もとのミネラルウォーターを一口飲んで、タバコをくわえる。
これはずっと変わらない目覚めの儀式みたいなもん。


窓を開けると、外は良い天気で。
まずはこの寝に帰ってくるだけの部屋の片付けでもしようか。
とはいっても、はっきり言ってモノがない。
かつてはシーズンごとに気が狂ったように増えた洋服も、一旦整理された後は落ち着いていた。
散乱している医学書を片付け、洗濯機を回す。
ぐーるぐーると回る渦巻きを蓋の上から眺めながら一服する、これも癖かも。
休みの日のちょっとした贅沢で、洗濯したシーツはクリーニングに持って行こう。
仕上げのプレスだけでも頼めるから、そうすれば今晩はちょっとしたホテル気分のベッドになる。

天気の良いのをいいことに、クローゼットや靴箱の扉を開けて風を入れる。
昨晩放り投げるように脱いだ靴が玄関で転がっているのに気付いた。
久々に靴でも磨くか。
玄関に転がっている脱いだ靴とスニーカー以外は全てシューキーパーを嵌めている。
下手したら靴より値が張る木型のキーパー。古いヤツは年季が入っていて、俺がハタチの時にもらったヤツだ。

『上等のシューキーパーを入れて大切にするような上等な靴をはく、上等な男になりますように』という言葉とともに。

上等ってなんだ。
分からないまま、それでもその言葉は呪縛となり、スニーカーやブーツばっかだった学生時代から、それ以外の靴を買うたびに同じ木型が増えていった。
今現在でも、その“上等”とやらに近づいているのかなんて、てんでわからねぇ。
今の俺はアノヒトの思うソレに向かっているのだろうか。
というか、俺に呪縛をかけた当の本人がもういないんだから判断のしようがない。
もう目指す必要はないのかも知れないけど。
それでも不思議なもので、靴を買うたびに自主的に増える木型は、その言葉がが既に俺の中で根付いていることを意味するのだろうな。

ぼんやりとそんなことを考えながら靴を手入れしていると、ふと思い浮かんだ、後輩のくたくたになったスニーカー。
研修医は下っ端だから、くるくると立ち働かなくてはいけない。上等の革靴でコツコツとなんて歩いていられない。
そんなことを於いても、あの靴はアイツらしくて笑みがこぼれる。
前進する上での優先順位や原動力は、人それぞれだ。
前を歩く、明確な目標に向かって一目散に駆けていける靴がアイツには必要で、似合ってる。
ソレに比べてどうやら俺は“上等な”なんてカタチのないよくわからねぇトコに向かって いくらしいから、なんだかヤツのほうがうらやましい気がしてきた。


ぴりり、と電話が鳴る。
医局からだ。
「・・・しもし、津森だ」
声がからまってうまく出なかった。
「すみません、先輩。まだお休みでしたか?」
「いや、大丈夫だ」
げほんと咳をする。そうか、今日声を出したのがこれが初めてだ、と気付く。

申し送り事項の確認の電話だったので簡単に指示を出し、そして電話の切り際に
「あ、野分—」
「はい?」
「上條サンってセロリ食う?」
電話の向こうに不穏な空気が漂うのがありありとわかり、笑いを漏らすのを堪える。
「先輩と何の関係があるんですか」
「いや、今日カレー作るからさ〜。俺ンちのカレー、セロリはいるんだよね〜」
「!!」
勝手に行かないで下さい、という声が聞こえたような気もしたが、さっさと電話を切る。
丁度洗濯機から洗い終わりのアラームが聞こえた。
予定通りシーツはクリーニングへ持っていこう。そしてそのついでに買い物でもして、本当に久しぶりにカレーでもつくるか。
ビールでも飲みながら煮込んで、そうしたらあっという間に休日は終わるだろう。
一人の。

大きく玄関を開けて外に出る。
「あーいすること あーいーすること すてないで ♪」
鼻歌を歌いながら歩く。
久しぶりにスニーカーを履いて。


<終>


web拍手
  inserted by FC2 system