Short stories-つもりん-

クローバー

「ねぇ草間先生。今日は晴れているし、暖かいらしいの。だから・・・」
ある日の昼下がり。
病室を見回った時にちょん、と白衣の袖をつかまれてこうお願いされた。

小学校の低学年の頃から入退院を繰り返している彼女は、病棟では既にお姉さん格の存在となっていた。
本来であればこの春に小学校を卒業した歳。
マメに見舞ってくれる同級生たちと一緒に卒業式を迎えるのを楽しみにしていたが、結局彼女の卒業式はこの病室だった。
これくらいの年の女の子は、子供なのか、それともそろそろ大人扱いすればいいのか分からなくて、
落ち込む彼女をどうやって慰めたらいいか俺は頭を悩ませたものだが、案外彼女はサバサバとしていて、端からあきらめていたとでも言うような大人びた態度は逆に俺たちスタッフにとっては辛いものだった。

花冷えのせいもあって、午後のわずかなお散歩も我慢を強いられていた彼女にとって、今日のこの天気は久々に外に出るチャンスだった。
熱のないことを確認し、念のため上着を羽織らせたうえで
「30分で帰ってこようね。先生の回診もあるからね」
念押しして中庭へと出て行った。

確かにぽかぽかとした陽気は気持ちがよく、同じように外の空気を楽しむ患者さんたちが多くいた。
そんな中で
「せんせーあそこ!あそこ行こう!」
彼女が指差したのは花壇の脇の緑の絨毯。
「この間理恵ちゃんが四つ葉のクローバー見つけたんだって!」
出た名前は一足先に退院した子だった。
あぁ、やっぱり卒業式に間に合わなかったことが辛かったんだな、とそこで改めて分かる。
幸運ひとつ、見つけられたら。
「じゃぁ一緒に探そうか」
俺も一緒になってしゃがみ込む。時間は30分の約束だ。
たった30分間で、遺伝上の確率はたしか一万分の1の幸運を見つけられるだろうか。

「あぁーん、ないなぁっ」
約束の時間が迫って、焦ったように手を動かしている。
四つ葉のクローバーを見つけるだなんて、本当はきっと他愛ない遊びのはずなんだ。
けれどいつの間にかその「幸運」にすら縋りたくなる。
長く病と闘う、同居するというのはそういうことだ。

「ぅおーい、時間だぞ」
そうしているうちに津森先輩が呼びに来た。
タイムアップだ。
「何やってんの、草間センセーまで」
鷹揚に言いながら先輩が近づいてくる。
「先生、もうちょっと待って、お願い。四つ葉のクローバー探してるの」
津森先輩は、自分の白衣を掴んで一緒に探してとひっぱる彼女の頭を軽く撫で、ずり落ちていたカーディガンを直してあげる。
今度一緒に探しても良いんだけどさ、と言いながら彼女と並んでその緑の絨毯を眺め、

「その四つ葉のクローバーってヤツは周りの葉っぱそんなにまでして探すモンなの?」

踏まれてぺちゃんこになったり、摘み取られて放られた周りの三つ葉のクローバーを見て先輩が言った。
はじめはそっとより分けるようにして探していた彼女も、熱中して(おそらくは意地になって)しまったのだろう。
先輩の言うことの意味がわかり、そして自分の足元の状況を見て、カっと顔が赤くなる。
けれどもキュっと唇を引き結んで頬を膨らませると
「そりゃ、あの・・・、でもね、“幸運”なんだよ?」
目を真っ赤にして泣きそうになりながら訴える。

病気で長く入院している子は、毎日少しずつ少しずつ何かを諦めていくように思うことがある。
そしてつい先日“みんなと一緒に卒業”という大きな希望を諦めた彼女に、この小さな“幸運”をなんとか見つけさせてあげたかったのだけど。

先輩は困ったように苦笑いすると
「美樹、“幸運”が欲しいオマエが踏んづけてるのは“幸せ”だぜ?」
四つ葉のクローバーが幸運のシンボルなのは知っていたが、三つ葉のクローバーの花言葉は“幸せ”なのだと後で知った。
この、ありふれた。
だからこその幸せ。

その足もとに放られた三つ葉のクローバーを拾い上げ
「いーじゃねーか、コレで。えーと、なんだっけな」
三つ葉の葉をひとつひとつ指差しながら

「faith・hope・love、らしいぜ?この葉っぱ。オマエはまだその上もう一枚のluckyも欲しいの?」

誠実、希望、愛。
幸運を求めるあまりに踏みつけられるものにはこんなに素晴らしい意味があった。
言葉の意味を聞いた彼女は、それらの言葉を大切そうに口の中で転がすと、先ほど自分が放った三つ葉のクローバーをそっと手のひらに包む。
それを胸に抱き、そうして悪戯っぽく
「欲しいに決まってるじゃない。馬鹿ね、先生」
と笑った。
「ク、そーか。女は欲張りだな」
先輩もまた笑って、そうして並んで病室へ帰っていった。
彼女のお気に入りの本には、いずれ今日の三つ葉のクローバーのしおりが挟まれるだろう。

俺も足もとの三つ葉を拾い上げる。
今日はもうすぐヒロさんが来る。
誠実・希望・愛
ヒロさんへの気持ちそのものだと思う。
もう一枚の「幸運」はヒロさんに出会えたことで、俺は既に持っているから。

後日、四ツ葉のクローバーの花言葉が
be mine
私のもの
だと知り、休み時間にこっそり探してみたのは、ほんのオマケの出来事。



<終>


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