Short stories-つもりん-

秘訣

「か・み・じょーサンっ」
なるべく目立たなくして来たつもりだろうが、その配慮が余計裏目に出ている気がしないでもない。
野分の可愛い人。
1週間ほど帰れていない恋人のために着替えを持って来たようだ。良妻だよねェ。野分のうちにヨメに行ったんだったよな、確か。
「・・・何ですか」
警戒心を丸出しにされる俺。どちらかと言うと、俺の方が警戒してもいいと思うんですが。
「いーえ。野分、まだ帰れません。スミマセンね。旦那がなかなか帰ってこれない仕事だと不満ですかね?ニイヅマとしては」
途端にカッと顔が赤くなる。いろいろ面白い人だ。
「な!」
一瞬声を荒げるが、ここが院内だと言うことと、先日の俺に対する狼藉を思い出したのかはっとして声をひそめる。
「なんですか・・・!つ、妻って!」
ボリュームを押さえた分だけ声のトーンが下がり、なるほど『鬼の上條』の声か。これが。
「そ、それに不満だなんて思ってませんよ」
「じゃぁ我慢してるんだ?」
言外にいろいろ含ませた言い方をしてみた。
「別に。我慢もしてません。不満は我慢しない、我慢は不満にしない。って、アンタに何言ってんだ、俺・・・」 最後の方は独り言のようになっていたけど。

なるほど。
不満は我慢せずに言う。でも我慢するのなら、我慢してることを不満にはしない。
人付き合いっつーか、夫婦の極意を聞いた気がした。
「なるほど・・・いいこと聞かせて頂いたお礼に、旦那は早く帰しますよ。といっても明日の夕方ですかネ」
野分のいる場所を教えて、上條さんに背を向けた。
この秘訣、残念ながら当分俺には出番がなさそうだ、と呼び出しのベルを聞きながら思った。


<終>


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