Short stories-つもりん-

二年参りー除夜ー

「コートも持ってきてねぇのにっ、何なんだ、何なんですか!アンタはっ」
助手席に押し込まれ、走り出された以上観念するしかないのだが、コートどころか、部屋着で財布も持たないままだ。”病院まで付き合う”のなら、病院から俺にこの格好で帰れってか?!
「まぁまぁ、去年と一緒じゃないですかー。そうぷりぷりしな」
「これが怒らずにいられるかっ」
言葉を遮るように言った俺を、実に愉快そうに眺めて喉の奥で笑うと
「まぁ帰りは送りますから。病院に行くまでに気分転換の軽いドライブですよ」
車内には邪魔にならない程度にうっすらと低くR&Bのバラードが流れていた。

「で、どこまで寄り道するつもりだ」
我ながら地を這うような声が出たと思うのだが、本当にこの男に対しては効果が無いようで、流れる音楽と同じように口ずさみながら上機嫌にしている。
小さいため息をついて、シートに背を預けたのだった。


「・・・みじょーサン、起きないとキスしますよー」
「!!」
暖かい車内に、心地よい揺れがうとうとと眠りに誘ったようで、次に弘樹が目を覚ました時には車は停車しており、車内には良い匂いが漂っていた。
「おでん。美味いっすよ、屋台のなんですけど」
箸とともに差し出され、ほかほかと良い匂いには抗いきれなかった。
よいダシが染み込んだジャガイモが口の中でほろほろと崩れていく。
「うまっ」
思わず口から漏れる。すると
「デショ」
子供のように笑うので、少しドキリとした。
だから以降はひたすら前を向いて、話さずに黙々とおでんを口に運んだのだった。
食べ終わってしばらくして、沈黙がいたたまれなくなった頃
「んじゃそろそろ・・・」
送り帰してくれるのかと思ったのだが、津森は車から降り、後部座席からブランケットを取り出すと、そのまま回り込んで助手席の弘樹の扉を開けた。
途端に冷えた空気が流れ込み、身を震わせる。
「ちょっと出ましょうか?さみーですけど」
ドアを開けて手を差し伸べられると、出ない訳にはいかなくなった。
もちろんその手を取ったりなどはしないが。
津森は苦笑してその手を引っ込める。
吹き付ける風に身をすくませたが、その風には塩分が含まれており、ザァ、と波の音を運んで来た。
「う、海?」
いつの間にそんな遠くまで連れて来られたと言うのだろう。そんなに長く寝ていたはずはないのだが。
「まぁ海っつってもビーチでもねぇし港でもないんで。ただ海ってゆーだけですけどね」
気持ちがニュートラルになりません?と続けた。
確かに防波堤を上るとそこはテトラポットで人影もなかった。吹く海風に、おでんで暖まった体の熱がどんどん奪われていく気がする。
ふわ、と背中から暖かいものに包まれた。
「っな!」
ブランケットを羽織った津森が、後ろから弘樹を抱いたからだ。
「おっと、暴れないで下さいよ。上條サンが暴れて落ちたら助けてあげられますケド、二人して落ちたら死ぬじゃないですか」
その言葉に、自分を抱く津森の腕を乱暴に振り払うのをぐっと堪える。
「テメーが一人で落ちやがれ!」
内心の動揺を隠して努めて乱暴に言ったのに対して、津森は、物騒だな人だなぁと柔らかく笑って、するりとブランケットの中から体を抜いた。
自分を包んでいたぬくもりが離れて背中が寒いと感じるのを、ぎゅとブランケットを掴むことで誤摩化す。
「・・・相変わらず、我慢してるんっすかー?」
視線は海に向けたまま、津森に問われる。
夜の海は、こちらの光など届かずにおおきく闇の口を開いているように見える。
主語も目的語も飛ばしたその質問は、無視したって良かったのだろう。
「べ、別にしてねぇよ。それに我慢は不満にしないって決めてる」
寒いのなら車に戻れば良いのだろうが、規則的なような、不規則なような波の音は心を落ち着かせ、ずっと聞いていたい気分にさせる。
その音がするりと本音、であると思っていること、を引き出した。
「ふぅん」
津森がこちらを見ているのが分かったが、視線は海へ投げたまま。
見られて紅潮していく自覚のある頬は海風が撫で冷ましていってくれるし、夜の闇が隠してくれているは思うのだが。
視界の端で、寒そうに身をすくませるのが見えた。
津森も同じようにコートなど着ていない。寒いに決まっているのに追い出してしまった。
「は、半分使えば」
だからといって先ほどのような格好を許す訳はない。体をずらして半分を津森に明け渡す。
俺のなんスけどねぇ、と苦笑いしなから
「お邪魔しマス」
弘樹の横に収まったのだった。
「お。もうそろそろですよ」
津森が言ったのとほぼ同時に、遠くに停泊している複数の船から低く汽笛が聞こえた。
「明けましておめでとうございます、上條サン」
「お、おめでとぅ・・・」
しばらく何も話さずに汽笛に耳を傾ける。


「・・・その前に、我慢しない方がいいんじゃないっスかねぇ」
音が途切れた頃に、津森が呟いたのは先ほどの弘樹の言葉に対してだろう。
“不満は我慢しない、我慢は不満にしない”
人付き合い(というか夫婦関係?!)の極意的な言葉だ。
不満は我慢しないで言う
でも、我慢すると決めたのなら、我慢していることを不満には思わない。
「てか、そもそも不満なんかじゃねーよ」
弘樹が返すと、そう?と言わんばかりに片眉をあげてこちらを見られる。
酒を飲んでもいないのに、酔ってるような目だと思った。
こうして肩を並べて至近距離で話すことなどないからだ、見られて鼓動が早まっているのは。

「お前言ってること違うじゃねーかよ」
内心の動揺を悟られないように、努めて乱暴に言い放つ。
「そーっスか?」
「そうだ」
精神的に縛るなと言ってみたり
今度は我慢するなだって?
「まぁなんだ、言葉にしないで引っ込めちゃうから、あふれた気持ちを汲み取ろうとする分遠回りなんですよ。まぁいろいろ余裕があればそれもいいんでしょうけどね。言葉にしたら、打開出来ることも」
その言葉に、なんだか一瞬納得しかけたのに。

ぷっと津森が吹き出す。
「んだよ?」
くっくっと肩を揺らしながら
「いーえ。今のはね、口からデマカセですよ」
むっとして睨み上げる。
「はぁ?!せ、せっかく人が納得しかけ・・・」
腕を振り上げるが、ぱしんと難なく受け止められそのまま腕を取られたせいでそのまま胸に倒れ込んでしまう。
「あっぶないなぁ」
「テメーのせいだろうがっ!」
弘樹がどん、とその胸を押し返そうとすると、抱きとめた腕に力が込められる
「・・・しっかりしててくださいよ」
それは本当に一瞬だったけれど。

「冷えちゃいましたねー、帰りましょうか」
するりと体を翻してブランケットで弘樹の体を巻くと、車内へと誘ったのだった。
背中を向けていたので、どんな顔をしていたのかはわからなかった。

FMに切り替えた車内は、新年を迎えてやたらと賑やかな曲がかかっている。
時々ちら、と運転席の横顔を盗み見たが、反対車線の車のライトのせいで表情がよく分からない。
お互い何も話さないでいると、見慣れた町並みになってきた。
どうやらそんなに遠くではなかったらしい。
するりと車がマンションの前に滑り込んで停まった。
「アイツ起きたら、今日は夕方出でいいって言っといて下さい」
「ん」
じゃぁ今年もヨロシク、とひらひらと手を振って弘樹を見送る頃にはいつもと同じ顔をしていたのだが。

「俺はいったいどうしたいんだか」

津森が車を走らせながら自嘲気味に呟いていたことは、当然弘樹の知るところではない。

そっと玄関を開けて家に入る。
野分の部屋を覗くと、ここに寝かせてから1ミリも動いていないんじゃないかと思うくらい同じ体勢で眠っていた。
そっと髪を撫でる。
疲労の色が残っている瞼にそっと唇を落とした。
「去年はよく頑張ったな。あけましておめでとう、野分」
それだけ言って部屋を出る。
明日は夕方までに来ればいいと言っていた。
去年は行けなかった初詣に、今年は一緒に行けるかも知れない。

(つーか、何で2年連続アイツと年越しなんだよ!俺は!!)

 
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