Short stories-つもりん-

サンタクロースだーれだ

いつもと何ら変わりのない朝だった。
大学は冬休み。
けど野分は仕事、しかも帰れない。
もはや定番とも言える夜を過ごしただけだ。

そう世間がクリスマスって言うだけで。

その日の朝、例によって一人で目を覚ました弘樹が新聞を取りに玄関を出た時に、ノブに掛けられた赤い靴下に気がついた。
いつもよりやや時間が遅かったのは、別に不貞寝をしていた訳ではない。昨晩野分が帰れなかったことなど、そしてその昨晩がクリスマスイブだったことなど関係ないのだ。
外から掛けられているものだから、外部の誰かに違いないが、果たして。
ここを自分たちの家であると知るもの、そしてそう言う人物は数えるほどしかいない、の仕業か、あるいは酔っぱらいか、あるいは靴下の可愛らしさからして、同じマンションに住む誰かが間違えたのか。

中を確認すると、鍵が入っていた。
番号が付いているのでどこかのロッカーだろうか。
(つーことは、子供への間違いってワケじゃなさそうだ)
どこの誰がこんなことをするのか、頭をよぎる顔はあったが、自分は一日休みでアイツは一日帰って来ない訳で、テレビから浮ついた曲が流れるのを一人で聞く気もなかったから、この悪戯めいた提案に乗ってみることにしたのだ。

コートを羽織り、財布と携帯だけをポケットに入れ、部屋を出る。
(この色・・・あの駅にもあった気がする)
どこのロッカーのものか、ヒントすらなかったが、キーに付けられた番号プレートの色が出勤で使う電車の駅のものの気がして、まず駅に向かう。
案の定、その駅にその色のプレートを付けたロッカーはあったが、目当ての番号は空きロッカーで、自分の持つ物とは合わない。
駅員に確認してみると、その沿線のロッカーはみんなこの色だから、他の駅のものではないかと言うことだった。
(1駅1駅確認させる気かよ)
上りか、下りか、どの駅か。路線図を見つめてとにかく一駅先の駅まで電車に乗る。
(この際全部調べてやるっ)
このオカシなゲームに妙に燃えていた。
こんな宝探しめいたこと、子供の頃以来だ。子供の頃は秋彦のあの広い庭だとか、屋敷の中にプレゼントや宝物を隠して遊んだときもあったな、など思い返すと、懐かしさもあってますます楽しい気持ちになるのだった。

「くっそ・・・!敵も本気だな」
せいぜいこんな遊び、一駅か二駅先のロッカーにあるだろうと侮っていた。
現在5駅目。
ここになかったら止めよう、とアタリを付けた駅でようやく合致するものに出会えた。
何のことはない、自分ちの最寄り駅から一番近い繁華街の駅だった。

「?!」
意気揚々と中を確認すると、中にはプレゼントめいたものはなく
「チラシ・・・と、また鍵かよ!」
チラシはその駅の近くにある有名ケーキ店の予約表だった。
「げ、引き取り期限今日の3時じゃねーか」
時計を確認すると、2時になろうとしていた。
(起きたの遅かったから・・・)
この際敵の策略にとことんノってやると決めていた弘樹は足早にケーキ店に向かう。
クリスマスデートと思われるカップルで込み合うカフェスペースを横目に、受け取り表を店員に差し出すと、それはもう驚きの大きさの箱がやってきた。
「あ、あの、これ・・・」
とても片手に提げて持ち歩くような家庭用サイズではない。明らかに10人前はあろうかという、パーティーサイズだ。
「はい、確かにこちらで承っております。草間さまですよね?」
にこやかな店員にぐい、と箱を差し出されるともちろん受け取り拒否など出来ずに、両手で持ち運ぶ羽目となった。
(あ、あともう1個鍵あるのにどーすんだ!)
ただ、実はその鍵には見覚えがあった。
見覚えと言うより、むしろプレートに名称が書かれてあったのだ。
『K大付属病院』
軽く舌打ちする。
まんまとこの犯人の思惑通りじゃないか?
しかしここで放棄してしまえば、このどでかいケーキをいったいどうしたものか途方に暮れるのは目に見えているから、やっぱり思惑通りに病院に向かうより他ないのだった。

半ば息を切らせるような体でようやく病院に着き、最後の鍵を差し込む。
現在すでに夕方5時前。
「!!」
中に入ってたのは黒のボストン。
そう、野分の病院お泊まりセットだ。
いよいよもって。
『差し入れを持って、恋人の職場に忘れ物を届けに(来る振りをして会いに)来た』
という最も望まざるシチュエーションになるじゃねーか!
心の中で罵声を浴びせながら、しかしこれを持って行かないことには野分は本当に困る訳で。
ボストンを肩に提げ、両手でケーキの箱を持ち直して小児科の病棟に向かったのだった。

「あれ?ヒロさん?」
クリスマスと言うことで、賑やかに飾られ、昨晩パーティーでもしたのだろうか、賑わいの名残のあるたデイルームの横を通りかかっていると、後ろから呼び止められる。
明らかに弾んでいるその声に、ギロリと振り向く。
一瞬野分の笑顔が怯んだのは、よっぽど俺の形相が怖かったと見える。
「あれ、じゃねーよ」
我ながら地を這うような声が出たと思う。
「あ、あの・・・。有難うございます、ボストン、確かに持って出たのになくなってて・・・どこに行ったのかと探してたんですよ」
「??」
あれ?犯人は野分じゃないのか?
「あ、ケーキですか?わぁー大きいですね!差し入れですよね、きっと看護師さんたち喜びます。有難うございます」
「え・・・これオマエが・・・」
俺からケーキの箱とボストンを軽々と受け取り、子供たちに見つからないようにしないと、とナースステーションに運ぼうとする背中に、疑問の声を投げかけた。
「俺がどうしました?嬉しいなぁ、こうしてクリスマスに会うのも諦めていたのに、こうしてヒロさんから会いにきてくれて、しかも職場の皆に差し入れまで・・・さすがはヒロさんだ」
顔は十分疲れた顔をしていたくせに、嬉しさからかぺらぺらとしゃべり続ける。
『いい奥さんですね♪』
と続けてほざいた日には、後ろからその後頭部に回し蹴りを食らわせたい衝動にかられたが、ケーキもろともの惨状になるのは必至だったのでグッとこらえて、先ほどからの疑問を口にした。
「それ、お前の仕業じゃねーの?」
今度は野分の方が心底不思議そうな顔で振り向く。
そこへナースが野分を呼びにやってきた。
「草間せんせ・・・あーーーーっ、これ!ケーキ!CHARBONですね!!わぁ!あそこのクリスマスケーキだなんて、すごいです!」
本来の目的を忘れるくらいケーキの箱を見たナースの目が輝いた。
「はい、これ皆さんへの差し入れです」
重いので俺が運びますね、とにこやかに微笑む野分を微妙な表情で眺める。
「あ、そうだ。忘れてた。草間先生、これ運んで頂いたら今日はもう上がって下さい、ですって」
ケーキに気を取られていたナースが、野分への本来の用事を思い出したらしい。
「え?帰っていいんですか?今日も泊まりだと聞いていたのですが」
「はい、津森先生が来て下さったので」
ナースステーション前で野分からケーキの箱を受け取り、それだけ言い残して足取り軽く去って行った。

「そー。俺が来た以上、お前はいらねー、帰った帰った」

きょとんとしている俺たちに、よく知った声がかった。声の主はニヤリと笑ってヒラヒラと手を振る。
野分は素直に有難うございますと頭を下げ、帰る準備してきますから待ってて下さいとその場を離れた。

すす・・・と津森が体を寄せてくる。
「そーゆーわけで。俺からのクリスマスプレゼントですよ。上條サンが遅いから、あと数時間になっちゃいましたケドね」
耳元でこっそりと呟かれる言葉に、カッと体温が上がる。
「お、お前はヒマなのか・・・っ、こんな小細工・・・」
本来であればお礼を言うところなのかもしれない。
が!!
気に入らない。圧倒的に気に入らない。
なんかもーコイツの思い通りってのが!
スキップでもしそうな足取りで野分が戻ってきたので、その場でそれ以上の追求は憚られた。

ひらひらと手を振るつもりに見送られる格好で病院を後にする。
「あともう少しで終わっちゃいますが、それでもクリスマスをヒロさんと過ごせるなんて、本当に嬉しいです。しかも迎えにまで来てくれるなんて!」
うきうきと話かけてくる野分に、やはり俺も嬉しくなってくる。
別に一緒に過ごしたくなかった訳ではないのだから。
「べ、別に迎えにきた訳じゃ・・・っ。で、でも家なんもねーぞ。お前帰って来ないと思ってたし」
「はい。お店はどこも一杯でしょうから、何か買って帰りましょう。チキンとかケーキも、この時間からだったら安くなってるかも知れませんね」
値下げされたチキンにケーキ。
まぁそれもいいか。
野分の笑顔を見ながら思う。
俺も笑顔なのだが。

そしてその笑顔の裏で
(この借りは必ず返してやる・・・っ!)
と妙に燃えるのだった。


<終わり>

web拍手


  inserted by FC2 system