Short stories-つもりん-

願い-除夜-

騒がしくまくしたてるテレビの電源を切ると、途端にシン・・・とした空気が広がる。
ガラリと窓を開け、上條弘樹はベランダに出た。
大晦日。
新しい年まで、後数分。
なんてことのない昨日と同じ夜なのに、遠くから除夜の鐘が聞こえ、マンションの下を行き来する人たちの華やいだ話し声がたち昇ってくると
やはりすこし特別な気がしてくるから不思議だ。
空気も、寒いのとうっすら聞こえる鐘の音のせいで、清浄な気がする。
「さむ・・・」
部屋着のまま外に出たため、冷えた体を自らの手で抱きながら部屋に戻る。
恋人の草間野分は病院だ。
こうして一人静寂の中迎える新年も、これが何度目だろう。
寂しくないといえば嘘になるが、この一人の年越しを弘樹は実は悪くないと思っていた。
一人風呂に入りながら今年あったことを順々に思い返す。
1月、2月・・・そして重ねてきた時間と、呆れるくらい色あせない想いを再確認するこの時間を気に入っている。
今年もそうして過ごそうと思い、バスルームへ続く廊下に出たとき、ふいにチャイムが鳴った。

こんな時間に誰が・・・まさか野分が帰ってきたわけでもあるまいと不思議に思いながら玄関を開けると、
そこには野分の先輩医師が立っていた。
「つ、もり・・・サン」
「どうもー。よかった起きてて」
ヘラリと、笑みを浮かべて立つその人に向かって、つい訝しげな表情を浮かべてしまう。
そんな弘樹の表情など意にも介さぬ様子で、津森は弘樹の腕を掴むと、
「上條サン、初詣行きませんか?」
そのままグイと引き寄せる。
「な、なんでアンタとっ」
掴まれた腕を取り返そうとしながら弘樹は当然断りをいれるが、それもまた想定内といった余裕の表情で弘樹を抱きこみ
「そう?初詣行った足で病院行って野分と交代してやろうとかって思ったんだけどな〜」
もう何日も会っていない恋人をダシにさらに言い募ってきた。
その甘言に惹かれたわけではないが、結局弘樹はコートを手にし、津森と連れ立って出かけることにしたのだった。



(なんで俺がコイツと・・・・)
並んで歩きながらそう思うのだが、何年ぶりかの年越しのお参りに、少しウキウキしているのも自覚して、
弘樹は少し赤くなって俯いてしまった。
そんな弘樹の様子をチラリと見やった津森が
「なーんか、やっぱカワイイなぁ、上條サン。初々しく頬染めちゃってさー。デートみたいっスね?」
そうやってからかう様に言うものだから、弘樹の頬はますます赤くなる。今度は恥ずかしがってではなく、だが。
「アホかっ。何言ってんだよっ」
津森はまたクク、と喉の奥で笑うと、自分の左手のグローブを外して
「じゃぁデートらしいことしましょうよ」
弘樹の左手に嵌め、空いた手をつないで自分のコートのポケットに入れる。
「なななな、なにす・・・っ!」
「しー。暴れたら余計目立ちますよ?この人ごみですから、普通にしてりゃァ誰も気付きませんよ。
はぐれたらタイヘンですからねー」
そうして指を絡ませギュと握られた。
弘樹はもちろん振りほどこうとはしたが、津森の言うようにこの年越し参りの人ごみ。
まるで通勤ラッシュのような状態では身動きがとれず、渋々従うことにしたのだった。
(チクショー、秋彦みたいなことしやがるヤツ・・・!)

*

屋台を冷やかしながらジリジリと人の波は進み、ようやく境内の前にたどり着く。
鳥居をくぐる前にまずは一礼。
手水舎で参拝の前に身を清める為、繋いでいた手を離し、手袋を取る。
冷たい水で手を濯ぐと、今までのぬくもりが一気に冷えて、弘樹はぶるりと身を震わせた。
その様子を見てクスリと笑った津森は、また弘樹の手を取ってそのポケットに収め、参道の中央を避けて歩き出す。
もう、この手を繋がれるという事に慣れたのか、あるいは諦めたのか。そのことについては何も言わず、
弘樹は別の件で口を開いた。
「アンタ・・・」
「アンタじゃなくて、津森」
「・・・津森サン、参拝の作法ちゃんと知ってんだ」
“境内に入る前に一礼”
“参道の中央は、神様が通るので歩かない”
弘樹の家はこいいう作法を厳しくしつけるような家庭であったので当然知っていたが、最近は知らない人が多い。
ましてや津森のようなチャラっとした・・・いや、そこは措いても『神頼み』なんてしなさそうなタイプが知っているとは少し意外だったからだ。
「知ってますよー。二礼、二拍手、一礼ってね。上條サン、お賽銭は?」
「ん?俺は5円かなー」
「じゃぁ、コレ。どーぞ」
繋いでいないほうの手に、チャリンと渡されるコイン。
「・・・?何で15円」
「ジューブンご縁がありますように、ってネー」
「ぷ、なんだソレ」
思わず弘樹の頬も緩む。
そうして津森の手のひらを覗き込むと
「何でアンタは25円なんだ?」
「アンタじゃなくって、津森ね。これは“二重にご縁がありますように”ってさ」
「なんだよ、ゼータクじゃね?」
あの一件以来、敬遠していた相手ではあるが、こうして自然に話せている自分に弘樹は少し驚いていた。
賽銭箱の前までたどり着き、軽く会釈。
「津森サン、お願い事の前に自分の住所と名前も言えよ」
「知ってますよ。上條サンも、去年の息災のお礼言うのを忘れずにねー」
クク、と笑いあって、繋いでいた手を解き賽銭を投げ入れる。
二礼。
二拍手。
そして、目を伏せ願う・・・・・・・・・・・・・・・・・・
津森は薄目を開けチラリと弘樹を見る。
何を願っているのが想像がついて、また頬が緩む。
(大方、野分が一人前の医者になれますように・・・ってトコだろ)
そして自分の願いを申し奉るために目を伏せる。
しばらく後、弘樹も薄目を開け津森のほうを見る。
初めて見るような真剣な横顔。
(コイツって、オトコマエなんだな・・・イヤイヤ、つか真剣になにお願いしてんだろ・・・)
そうして見ていると、津森が目を開ける気配がしたので、あわてて目を伏せる。
正面を向き、目を開け、深く一礼。
これで参拝は終了だ。

*

「上條サン、何お願いしてたんスか?」
境内を後にし、病院へ向かう道を歩きながら津森が聞く。
混雑を抜け、人影がまばらな道だ。
当たり前のように繋がれたままの手に気付き、弘樹は慌てて手を解こうとする。
「んなの秘密だっ。人に言うと叶わねぇって言うし!つかもう手ぇ離せ!
それに人に聞く前に自分が言うのが礼儀だろっ」
しっかりと指を絡められ、握られた手は振り解けず、逆に津森に引き寄せられる。
「俺の願い事ですか?上條サンが興味を持ってくれるだなんて、ウレシーなー」
「ちげーよ!言葉のアヤだ!アヤ!」
じたばた暴れようとする弘樹の腰をグイと引き寄せ、抱きしめんばかりの近距離で、津森は言う。
「俺の願い事なんて、この仕事を目指した時からずっと一緒ですよ」
その真剣な眼差しに、弘樹はドキリとして目を逸らす。
「一人でも多くの子供を救えるように・・・とか・・・?」
ポソリと呟くと、津森がぷっと吹き出す。
「上條サン、賢いくせにバカだな」
「なんだと?!」
キッと睨みあげると、今度は津森の方が、すこしはにかんだように目を逸らし、
抱き寄せていた弘樹を解放してまた横に並んで歩き出す。
「別に俺たちが救っているわけじゃないんスよ。頑張ってるのは子供たちだ。
そんな彼らに、惜しみなく力を尽くしてやれるような医者でありたい・・・ってね」
弘樹が目を見開いて津森を見上げる。
津森はそんな弘樹の様子をチラと見遣って、ク、と喉の奥で笑って
「ちょっとキザっぽいスかね?ガラじゃないかなー?」
照れ隠しなのだと弘樹は思った。
足を止め、今度は弘樹のほうから津森に向きなおる。
「イヤ、そんなことねーよ。立派な考えだと思う」
津森をまっすぐに見上げて言う。
そんな弘樹を、今度は津森がすこし目を見開いて、そして頬を緩ませる。
病院は、もうすぐそこだ。
「じゃぁ、改めて。明けましておめでとう、上條サン。今年“は”ヨロシク」
繋いでいた手をスルリと離して、いつもどおり笑って言う。
「あ、あぁ。おめでとう。コチラこそヨロシク、あの、野分のことも・・・」
弘樹が律儀に頭を下げると、津森がふ、と柔らかく笑った気配がした。
「!!てか今年”は”ってナンだよ!!あっ、二重にご縁ってゆーのもなんだよ!」
津森の言葉のあやに弘樹が気付いて顔を上げたときには、津森はもう背を向けて病院に入るところで。
振り向かずヒラリと手を振って中に入っていった。
「じゃぁ、スグ野分コッチに寄越しますんで、待っててくださいねー」
「おいっ!手袋!!」
片方の手に手袋を嵌めた弘樹を残して。

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