私立!妄想学園

バレンタイン編

その日、弘樹の機嫌は朝からすこぶる悪かった。
そして昼休みには不機嫌さは早くもマックスに至った。

そもそもその日の朝のこと。
「はい、ヒロちゃん。これ」
母親が出かけようとする弘樹にニコニコと手渡したのは、綺麗にラッピングされた包み。
その包装紙のハートマークで、それが何かを察することはできたが、毎年義理のようにプレゼントされるソレを、なぜ登校前の今渡されるのかわからず首を傾げていると
「いやぁね。貴方のじゃありません。津森くんにね、渡して頂戴」
ヒロちゃんには学校帰ってきたらあげます、と続ける母親の言葉を遮って
「ぜってーヤダ!ウチ来たとき自分で渡せよ!」
今日は毎週津森が弘樹の家にご飯を食べにやってくる日なのだから、今自分に託さずとも渡せるはずだ。
母親の代理とはいえ、どういう顔をしてコレを渡せというのだ。
すかさず断る弘樹に
「だって今日はバレンタインですもの。ヒロちゃんと違って津森くんはデートかもしれないでしょ?」
と、相変わらずニコニコと人の良い(そして押しの強い)笑顔でぐいぐいとプレゼントを押し付けてくる。
弘樹は自分の息子がそんなにモテないと思ってるのかよ!と、ソコにも腹を立てる。
デートなわけないだろ俺がいるのに、と反論する訳にもいかず、結局押し切られる格好で、このバレンタインチョコ、という恥ずかしいシロモノを持たされたのだった。


そう、それだけでも弘樹の機嫌は相当悪かったというのに。
昼休みの生徒会室。
いつもココで昼食を共にするのも、すっかり習慣になっている。
手元にいつまでも置いていると、どうも落ち着かないのでさっさと渡してしまおうと母親に託されたバレンタインの包みをこっそり持って生徒会室の扉を開けると、そこに津森はもう来ていていつものように菓子パンを・・・
「よー」
いつもなら菓子パンをくわえているか、弘樹の母が持たせてくれたお弁当を待っているかなのだが、今日は違った。
菓子パン、に近いかも知れないのだが、津森が食べていたのはチョコレートケーキ。それも周りに散らばったピンクや赤のリボンがそれがプレゼントであることを主張している。
「・・・」
誰に貰ったのか、いつ貰ったのか、そんな言葉を口に出せないでいると
「あーコレ?なんかね、朝駅でもらった。待ち伏せっつーの?されっちゃったー」
ヘラリと笑って、またケーキにフォークを突き刺す津森を見て、弘樹の不機嫌さは最高潮に達していると言う訳だ。
(なんなんだ!なんなんだよ!何の自慢だ!つか、俺アホみてーじゃねーか!)
むっつりと押し黙っている弘樹を見て、またくすりと笑うと
「焼きもち焼いてんなよ、ヒロちゃん」
焼いてねーよ、と小さく呟いて斜め向かいの席に座り弁当箱を開く。
その弘樹の様子に首をすくめると、最後のひとかけらを口へ放り込んだ。
「で、そっちの袋はナンなの」
弘樹が(なるべく目立たないように)持ってきた紙袋を目敏く見つけた津森が手を伸ばそうとするので、素早く弘樹が取り上げる。
「なんでもねーよ」
他の女のチョコを食べていたクセに、俺の(母の、だが)チョコなどやるものかとばかりに睨みつける。
そんな鋭い眼光などなんでもないように受け止めると
「ふぅーん」
ほら、こうやって。
なんでもお見通しとばかりに含みのある言い方と視線で弘樹を試すから。
「〜〜〜っ」
結局いつも弘樹が負けてしまう。
取り上げた袋から中身の包みを取り出すと、バシンと津森に投げつけた。
「って。乱暴だなーヒロちゃん」
包みを確認すると、津森の顔がぱぁあ、と輝く。
「おぉっ、これって本めぃ」
「母さんからだっ」
そんな恥ずかしい言葉、最後まで言わすまいと遮るようにして言葉をかぶせる。
「おばさんから?」
するとはにかんだような笑顔をするのだ。
いつもの人を食ったような表情と違って、この高校生らしい表情は弘樹の家に来るようになってから度々見られて、弘樹の母から向けられる愛情をいつもくすぐったそうにしていた。
その様子が、弘樹を切ない気持ちにさせるのだが。
「そー。今日はオマエはデェトかも知んねぇからだってさ」
そんな内心を見せるまいと憮然として弘樹が応えると、がたりと席を立って、弘樹の目の机に腰掛ける。
「馬鹿、机に座るな」
「そーれーで、上條は機嫌が悪いんだ?」
弘樹の顎を掴んで上を向かせると軽く口付けた。
不意をつかれた弘樹が抵抗出来ないでいると深く絡ませられる。
「・・・甘い」
さっきまで、津森が食べていたチョコの味がする。
ちゅ、と音をさせて唇を離して
「今日さ、予定変更して俺んち来ねぇ?」
弘樹の濡れた唇をなぞりながら誘った。
「・・・ん」
ぞくんと背中を駆け上がる感覚を殺しながら、短く弘樹が応えた。どうせ母親ははなから津森は来ないと思っているのだし。


「ごめんね、恋人いるし。やきもち焼きなんだ」
そこが可愛いんだけどね、と嬉しそうに言う津森のセリフを帰り道だけでもうすでに3回聞いた。
恋人という言葉に嬉しくなったり、ヤキモチ焼きという言葉に怒ってみたり、弘樹の内心は忙しい。
校門、学校から駅までの間、そして駅。
学校を出てから既にもう3人が可愛らしい包みを持って津森の前に現れて、先の会話を繰り返しているわけだ。
電車の中でむすりと黙り込んだ弘樹に、
「んだよ、断ってるじゃん?」
何が気に入らないのかと津森が声をかける。
「別にっ」
ふいっと顔を背ける弘樹に津森もため息をついて黙り込み、気まずいまま電車は津森の部屋の最寄り駅に滑り込む。
その駅でも、そして部屋までの間にも同じようにチョコを断り、結局二人は会話の無いまま部屋にたどり着いた。
「いつまでそーやってるつもり?」
初めに口を開いたのは津森の方だが、それにも弘樹は無言で返す。どうやって引っ込みをつければいいか分からなくなってしまったからだが。
またひとつ、ため息をついて津森が着替えに自室に行ったのを、そっと横目で見送った。
(気まずくなりたい訳じゃないのに・・・っ)
別に今日がバレンタインで、恋人たちの日で、とかそんなことを置いても、せっかく久しぶりに本当に二人で過ごすのに、このままなんて嫌に決まっている。
津森が自室にいる間に、冷蔵庫を開けた。
いつもほぼ空っぽの冷蔵庫だし、食材があったとてたいしたものを作れる訳ではないのだが。
辛うじてあった野菜のかけらとソーセージと卵で、チャーハンを作る。
着替えた津森がどかりとソファに腰を下ろして
「中華料理屋みたいにこんもり山になってるのがいー」
と言うので。皿に移したチャーハンの山を、ぺたぺたと撫で付けてみる。
津森の前にごとんと皿を置く。
その形を見て、津森の目が見開かれる。
「これ・・・」
「・・・っ、言うな!言ったら帰るっ!!
逃げの体勢の弘樹を素早くつかまえて、そのままソファに押し倒す。
「なっ、なにす・・・!食えよ!」
じたばたと暴れる弘樹を、ぐいぐいと抱きしめて
「やっぱお前、すげー可愛い。すげー嬉しい」
子供のようにじゃれてくる、その背中にそっと腕を回す。
「んぅ」
自分にのしかかる重みが心地よいと思うようになってしまったなぁと思いながら、キスを受ける。
テーブルの上に置かれたそのチャーハンは、温かいうちに津森の口に入りそうになかった。

シャワーの後、冷えてしまったのに嬉しそうに口に運ぶ津森の姿があった。
その手元のお皿に載っているチャーハンは、少しいびつなハートの形。


終わり


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