頑張れ野分シリーズ

act.11 『アンフェア』

「ったく、夏休みだからって毎日来てんじゃねぇよっ」
手に持ったファイルでぱこん、とその少年の後頭部をはたく先輩。
へへっと笑う、その少年はもうココではお馴染み、いや、この病院暦で言うならむしろ俺より先輩だ。
津森先輩がかつて受け持って退院した患者さん。
ちょくちょく遊びにやって来てはテストや進路の相談をして行く。
いつだったか99点のテストを見せに来てくれたり、たまたま居合わせたヒロさんにも勉強を教えてもらったことのある子だ。

「だってよー、センセイ。ウチで昼間っからエアコンつけてたら怒られんじゃん。おかんがうるせぇ」
中学生らしくボヤイてみせる彼に、
「せっかく退院したってのに。涼んで勉強したいなら図書館行け、図書館」
「図書館は本読む専用だから自習してたら怒られんだよ。・・・で、ココわかんねーんだけど」
問題集をトントンと指差す彼に先輩の眉が跳ね上がる。
「・・・どこまで考えてどー分からないか言え」
「うっ。そーか」

彼にとっては気軽な質問だったのだろうけど、こういう丸投げした聞き方を先輩は嫌う。
自分で考えるのを放棄しているようなのはもってのほかだし、そうでなくても、どこまでなら分かっているのか、どこから考えが間違ったのか
それが分からなければ適正な指導が出来ないし、そのほうが理解も深まる。
(と考えていると俺は理解しているのだけれど)
子供にそれを求めても難しいんじゃないかと思うのだけれど、こういうのはクセのものだから、常にそういう質問の仕方をさせないといけない。
(・・・と考えているのだと俺は思っている)

「えっとー、この問題はコッチの公式を使うと思うんだけど、そうすっとxを代入したとこで行き詰るっつーか・・・」
自分で考えて詰まっているところを説明しだす彼に、「うし」とニヤリと笑いヒントを与える。
「おぉっ!なるほどなー」
ヒントをきっかけに止まっていたペンがスラスラと走り出す。
「ったく、質問受け付けた上、社会ベンキョーまで出来るとは親切極まりないね」
ため息まじりに、でもまんざらでもなさそうに笑うが、それでも明日は来んなよ、と言う先輩に、
「だってよー。家にいてたらオカンとケンカばっかなんだよなー。暑いし、ありゃあぜってーやつあたりだっ」
年頃の少年らしく、なおも口と尖らせながら言う彼を俺が微笑ましく思っていると、先輩は至って真面目な顔で

「そりゃオマエ、自分の周りの人間がいつだって自分に対してフェアでいてくれると思うなっつーの」

いいじゃねぇかという先輩の言葉に一瞬考えた顔をして
「そうか。そりゃそーだよな」
と妙に納得してしまう彼の横で、俺も同じように納得してしまった。
そして自分の養父母たちが常に自分に対して公平で公正であろうとしてくれたことも思い出した。

他の子たちと分け隔てなく育てられた。
余計に甘やかされることはなく、余計に厳しくされることもなく、もちろんこの彼が言うように気分で対応されることなどもなく。
あぁ、だからか。
と今更ながらに腑に落ちたのだ。
自分が実子ではないと知った時、それはとてもショックだったのだけど、同時に納得したのだった。
子供ながらになんとなく感じていた距離というものを。
“実子も養子も預かっている子も分け隔てなく”という中立であろうとするが故に、公平であろうとするが故に距離を感じていた。
親子の距離感というものを、他には知らなかったけれど、それでも余計に怒られたり、たまには余計に甘やかされたりしたかったのだと思う。
家出騒動を起こした時に感じられた絆だったけど、それでも家族であるが故の遠慮のなさというのを日常的に感じていたのであれば、きっと俺が家を出るのはもっと後になっていたかも知れないと思う。

なんだ、独占欲とかそういうものが自分は薄いと思って、そういう性分だと思ってきたけれどそんなことなかったんだ。
それは表面的に感じていなかっただけで、小さい俺の中にもちゃんとあったんだ。
(ヒロさんに出会って、その感情に気付いて、そしたら我慢出来なくなったんだけど)

先輩とその少年のやりとりを見ながら、ヒロさんがたまにかいま見せてくれる不機嫌さをいっそう愛しく感じる午後だった。
そして、今はまだそいういう気分を俺にぶつけずに自分で消化しようとするヒロさんに、もっと遠慮なくぶつけてもらえるよな大きな男になりたいと思った。


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