頑張れ野分シリーズ

act.9『選択』

何科の医師になるか、ということ。

もちろん一通り勉強はするのだが、専門というものがある。
俺は初めから小児科の医師になりたくて医者を目指した。同期に話を聞くと、やはりそこは皆それぞれで、目指す科に脇目もふらずに邁進する者、勉強するうちに、研修するうちに自分の専門を決める者。

医局の懇親会の時、なぜ小児科医なのかという話になった。
俺もそれは是非聞いてみたかった。
『子供が好きで』という動機がなければ勤まらない科だけど、逆にその気持ちだけでも勤まらない。
相手が子供なだけに、自覚症状なども大人のようには伝えられないし、検査や治療も大人相手のようなわけにはいかない。
より細心の注意だとか、高い技術、子供の気持ちに寄り添うことも大事だと教えられて来た。


『選択』


「津森はさー、外科に引っ張られたよなー」
先輩の同期の人が言う。その話は俺も以前聞いたことがある。
「だって俺センサイだもん、手術したあと焼き肉食えねぇじゃん」
冗談でかわしている。
先輩はなかなか自分自身のことを話してくれないし、仕事の話以外は全て同じような(冗談のような)調子で話すので、本心が掴みにくい。それでも最近はだいぶ分かって来たとは思うのだけど。

「本当はねぇ、婦人科でも良かったねー。つか産婦人科?」
ビールに口をつけながら先輩が続ける。周りに居たナースは
「津森センセーがそう言うと、なんか動機が不純に思えますー」
普段の気安さに加えて酒の席ということもあって、なんだか失礼なことを言うもんだ、なんて俺は思ったけれど、先輩はたいして気にした様子もなく俺に向き直ると
「オマエ、いいと思わねぇ?産婦人科」
その表情から先輩も少し酔っているんだと思った。
「いや、あの俺は初めから小児科以外考えたことなかったので・・・」
確かに小児科以外の選択肢を考えていなかったのはあるけど、先輩はどうして産婦人科なのだろう。先ほどの外科の時のように、冗談で言っているようには思えなかった。
「そっかー。いいと思うんだけどなー」
そう言って残りのビールを飲み干し、お代わりを注文する。
「どの辺がですか?」
聞いてみた。答えてくれるかは分からなかったけど。

「だってさ、考えてみろよ。退院するとき”またおいで“って言って送り出せるの、ここだけだぜ?それって良くねぇ?」

まぁオメデタばっかじゃねぇけどさ、と先輩は続けて。
そのまま別のことへ話題は移っていった。

俺はと言うと、やはりこの人が俺の先輩で良かったと思っていた。
仕事に対する心構えなどは、普段も教わっているけれど、今日は何となく津森先輩という人が少し、ほんの少し分かったような気がした。
先輩の人としての基準と言うものに、少し触れることが出来たのだと思う。

そして周りの楽しげな会話を聞きながら、俺は昔ヒロさんが教育実習で中学校へ言った時の話を聞かせてくれたのを思い出していた。
作文の授業で、『命ということ』というタイトルで書かせたのだそうだ。
丁度その時の教科書の内容でもあったらしい。
そうすると、ひとクラス約30名。ほぼ全員がペットや祖父母の死に触れて、その時の感情と命の尊さについて書いたそうだ。
そんな中、ただ一人だけ『姉に赤ちゃんが生まれた』ことを書いた生徒がいた。
文章の巧拙の問題ではなく、やはりすごく良いと思った、とヒロさんは言っていた。
そして迷ったけれど、結局一番いい点数をその子に付けたのだとも。

俺の周りには、学ぶべきことがまだまだある。
先輩も、ヒロさんも同じ選択をしたのだと思う。
つまり、命に対する前向きな理由で。

尊敬する人たちに囲まれて、俺もそうやって選んで歩んでいこう、
早くこの人たちと同じ場所に立てるように。

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