頑張れ野分シリーズ

act.8 『さ・し・す・せ・そ』

ナースステーションは女子校のようだと思う。(行ったことはないけれど)
彼女達の一人一人とは、社会人として職場の仲間として何ら問題なく付き合えるのだけど、こうして集団になられると途端に苦手で対応に困る人達になってしまう。

特に今のような場面。
看護師長にひどく叱られてメソメソしている子を囲んで宥めたり諭したりしているシーンに出くわしてしまった。
しまったと、引き返そうとしたけど遅く、まんまと掴まってしまった。
「うわぁん、草間先生〜!聞いて下さいよぅ」


『さ・し・す・せ・そ』


ナースの一人がある処置の順番を間違ってしまったのを、それはもう大変な勢いでお叱りを受けた、別に順番が変わっても何ら問題ないようなことだったのに!
ということらしい。
今回はたまたま問題なかっただけで、大問題になる処置だってあるワケだから、
俺としては師長のお叱りはもっともだと思うのだけど、理不尽だ、と思っている今の彼女に何を言っても涙を増量させる気がして口ごもってしまう。
こんな時上手くかわせない。
助けを求める気持ちで辺りを見回すと、ちょうど先輩が通りかかった。
「せ、先輩!」
小声で呼び止め、話を要約して伝える。あとはもうお任せするしかない。

「ひーとみチャンっ。こないだのさぁ、差し入れの煮物。アレすっげ旨かったよ〜」
いきなり何関係のない話を、とびっくりしたけど、そのナースはぴたりと泣きやんで
ホント?と目をキラキラさせた。
「おーマジでマジで。俺なんて料理の基本のさしすせそがビミョーだからさ。尊敬するね〜。ウチに嫁においでよ〜」
さっきまで泣いてたその人は、先輩の軽口にきゃっきゃと笑う。
「ええっ、お砂糖、塩、醤油・・・って順番に入れるだけですよ?」

「それってさ、ショーユの後に砂糖いれたら駄目なの?」
料理の話の流れで先輩が問う。なんだかお料理教室みたいになってきた。
「んー。駄目じゃないですけど。お醤油の後じゃお砂糖の甘味があんまり効かないから結局量を増やすことになっちゃうし、そしたら今度はお醤油の香が飛ぶんですよね。だからどんどん量が増えて、それこそ高血圧・成人病へまっしぐらです!メタボな先生なんてやだぁ」
お料理上手のナースがそう答えたところで先輩がニヤリと笑う。

「だぁよね。順番が決まってんのはさ、ちゃんと理由があるんだよ。ひとみチャン分かってんじゃん」

先輩の言葉に、はっとした顔をした。意味を察したのだろう。
そして自分の泣いていたことを恥じてか、顔を赤らめるとぺこりと頭を下げてパタパタと去って行った。
その後ろ姿を
「また差し入れよろしくね〜」
ひらひらと手を振って見送った。

「助かりました、どうも苦手で」
先輩と並んで医局に向かいながらお礼を言う。
ただ宥めるのではなく、何故叱られたのか理由まで分からせる。
それもキツい口調ではなくて、自分で気付かせる、ってなかなか出来ることではない。
さすがだと思った。

「オマエもだ、野分」
前を向きながら先輩が言う。
「手法だけじゃ駄目だ。何でそうなのか常に理由の部分を考えろ。でなきゃ見失うよん」
それだけ言い残して角を曲がって休憩室へと行ってしまった。

答えを覚えても、式が分からなきゃ次の問題は解けない。
そういうことだろう。
決められたモノやコトには、そうである理由がある。ただ何となく、そう教わったから、だけでは一人前にはなれない。

考えることを飛ばしても、それは目指す場所への近道では決してないということ。
そしてまた、改めて心に刻む。

ヒロさんや先輩が先を歩くこの道は、丁寧に、誠実に歩いて行くしかたどり着けない道だということを。

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