頑張れ野分シリーズ

act.7『なんくるないさぁ』

もうこの光景は定番となりつつあるなぁ、なんて思う。
病院のデイルームで問題集に向き合うのは、こないだの99点の彼。
今度は試験勉強に来たようだ。

先輩をはじめとして、なじみのナースがいるこの病棟は、彼にとって居心地がいいのだろうか。
病院が居心地がいいなんて、と少しチリっと痛むものがあるのだけれど、彼にとってこの病院での闘病生活が辛い記憶のみではないということなのでそれはそれでよかったと思う。


『なんくるないさぁ』


「ったく、入り浸るんじゃねぇよっ」
デイルームに顔を出した先輩が開口一番そんな言い方をするけど、もちろん本心から嫌がっているわけでは当然ない。
「センセー、今度英語は絶対満点取るぜ〜!けどさ・・・実は古文がさ・・・」
どうやらこの彼は国語が(それも特に古典が)苦手らしい。
「あのなぁ・・・俺たち医者は理系なの。古典とかチョー無理だから。期待すんなっ。なぁ、野分」
「まぁそうですが・・・でも少しなら」
受験の時にヒロさんに教えてもらったことならまだ覚えている。けれどそれが中学校の試験勉強にも共通して教えてあげられる事かは分からなかった。

「おっ!国語のセンセー発見!!」
俺より早く、先輩がヒロさんがやってきたのを察知した。
先輩の声にむっとした顔でこちらを向いたヒロさんが、俺を発見して着替えの入ったカバンをズイと差し出しながら律儀に訂正する。
「国語の教師じゃねぇよ」
「まぁ似たようなモンでしょ。ちょっとコイツの勉強見てやってもらえません?時間があるならでいいんで」
その彼も縋るような目でヒロさんを見上げる。
「えっと、ヒロさん。もし少しお時間取れるようなら勉強の仕方のコツとかだけでも・・・」
俺からも口添えする。

今日はもう仕事が終わっているヒロさんが、引き受けてくれた。
ヒロさんが家庭教師をしたのは俺だけ!だったけど、これくらいなら構わないという余裕が、最近出来たかもしれない。

教え始めると、途端に熱心になるヒロさん。
俺はといえば、せっかくだからヒロさんともっと話したかったのだけど、ちょうど呼び出しもかかったので二人をデイルームに残してその場を離れた。

1時間ほどして部屋をのぞくと、勉強もひと段落したところのようだった。
「どーだ、教えてもらって」
先輩が声をかけると
「おう、ナントカなる、と思う・・・」
彼の言葉を聞いて、ヒロさんが何か言いかけたが、それより先に先輩が
「ほー。で、どうやってナントカするつもりなんだ?」
問いただす。
質問の意味が分からないような顔をした彼に、さらに言葉を続けて

「オマエね。なんとかなるって言うけど、何とかなるためには何とかしないとなぁ。
何とかしようとしている人が何とかなるわけであって、
何もしてないのに何とかなるわけないよな?」

意味が分かったのか、その彼はキリリとした表情になり
「えっと、まずさっき教えてもらったことはちゃんとまとめ直す。んでそのことを頭にいれた上で、もっかい問題解きなおす。正解してた問題も。・・・だよな?上條先生」
ヒロさんが頷く。なかなか良い生徒だったようだ。
「うし、んじゃ帰って続き勉強しろ。もう時間遅いから早く帰んな」
そう言って先輩が玄関まで彼を見送っていった。

デイルームに残された俺たち。
二人の後姿を見送りながらヒロさんがポツリと話し出す。
「なんとかしてきた、と思うぞ」
「え?」
聞き返してヒロさんの横顔を見る。

「お前。野分は今まで全部何とかしてきたと思う。なんともならねーって思うようなことも、全部。何とかしてきたと思う・・・」

語尾が小さくなっていったのは、恥ずかしいからだとヒロさんの肌の色で分かる。
受験のこと、仕事のこと、ヒロさんとのこと。
確かになんとかなるって楽観したことはなくて、『何とかしなきゃ、絶対何とかする』って気持ちで頑張ってきたと思う。
ヒロさんもちゃんと分かってくれてたんだ。
「だから・・・っ」
「はい、これからも頑張ります。好きです、ヒロさん」

消灯でデイルームの電気が落とされ、真っ赤になった彼に、ちゅ、とキスを贈った。


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