Short stories-club EGOIST-

ナンバーワンホスト

オーナーがいる。
それは自分の店なのだから店に来ることはなんらおかしなことではないのだけれど、問題は、オーナーは店に来たらバーコーナーに座るということで、そしてそこはヒロさんがいるということで。
しかも今日は週の中日ということもありお店は空いていて、バーコーナーはオーナーの独占状態だ。
すなわち、ヒロさんと宇佐見さんが二人でいるってことだ。
お客様とは必要最低限しか口をきかないヒロさんも、古くからの友達であるオーナー宇佐見さんには気を許して、怒ったり笑ったり、なんだか楽しそうだ。

「イテ」
すれ違いざまに、ポカリと後頭部を殴られる。
ポップで軽快な音だったが、これが結構痛くて思わず声が出た。
「野分? どうかした?」
俺の席のお客様が、心配そうに見上げてくるので、安心させる笑みをぺたりと顔に貼り付けて
「ごめんなさい、大丈夫です」
ニッコリ笑って話の続きを促した。
「先輩に叩かれちゃったので、何の話してたか飛んじゃいました。お稽古の先生の話だったよね?」
記憶の断片を繋ぎ合わせることに成功して、そのまま接客続行、そしてお見送り。

乗り込んだタクシーを見送って、くるりと店内に踵を返したところで、入り口にもたれてタバコを吸う先輩とバッチリ目があった。
やけにゆっくり煙を吐き出し、何を言うでもなく、俺を眺めてくる。
あぁ、これは叱られる予兆だ。
先輩に言われるより先に口火を切った。
「あの、今のお客様…すみません、ちょっとぼぅっとしてしまって…ありがとうございます。先輩が通りかからないと、もっと失礼なことしてしまうところでした」
叱られるなら、原因はこれしかない。
ヒロさんと宇佐見さんのことが気になって、目の前にいるお客様のことをおざなりにしてしまった。一番やってはいけないことをしてしまったのだ。
ふぅ、とゆったりと吐き出した煙が夜の帳に吸収されて行く様を、たっぷりと見送った先輩が特に怒っている風でもない口調で言う。

「まぁ、ナニで応えるかは人それぞれだよ。ダイジな金と時間使いに来てくれるお客さんにさ」

冷静な口調にギクリとした。
俺たちがお客様に提供するのは、楽しさであったり、癒しであったり慰めであったり、もちろん恋情(のようなモノ)であったり。
求めているものも人それぞれだから、何で応えるのかも人それぞれで良い。求めるものと応えるものが合致すれば良いのだから。
駆け引きや惚れた腫れたのこの業界でも、結局は需要と供給なのだ。

「ココロで応えろなんてクセェこと言うつもりはないけどな」
ヒロさんのことが気になりすぎて、目の前のお客様の求めるものに応えられていないのは明らかだ。
たとえそれがお客様自身にバレていなかったとしても。

「それでも、さっきのオマエのココロない行為を認めたら、この仕事の意味を見失う」

それだけ言い置くと、俺の反応を待たずに煙草をもみ消し、くるりと店内に戻って行ってしまった。
 
***

「弘樹、アレはリカバリー可能なのか?」
カウンターに頬杖をつき、煙草をくわえながら窓の外を見ていた秋彦が声をかけてきた。
「はぁ? てかオマエいい加減に帰って仕事しろよ」
キッチリ小言で返しながら秋彦の視線につられて外を眺めると、デッカイ身体を縮こまらせて、しょぼくれた野分が立っていた。
「…」
口を噤んだ俺にチラリと視線や寄越しながら
「ちゃんと躾けておけと言っただろう? お前のワンコは相変わらずご主人が気になって注意散漫。ウチのナンバーワン様に叱られたようだぞ。この分じゃぁ、ナンバーワンを取って代わるのは、まぁ無理ってもんだな」
意地の悪い笑みを浮かべながら揺さぶりをかけようとする幼なじみの前に、ドンとブランデーを置いた。
「ワン・フォー・ザ・ロード。くだらねぇこと言ってないで、それ飲んだらさっさと帰りやがれ。この編集者泣かせめ」
そんなのには動じないフリで追い返すと小さくため息をつく。

ナンバーワンか。
この仕事をする上では目指すポジションだし、仕事に一生懸命でない野分というのも嫌だ。
でもこの仕事の一生懸命というと…と無限ループに落ち入りかけた。
俺は一体野分にどうなって欲しいんだろうな、
グラスを磨きながら、いずれやってくるのかも知れない、あるいは案外すぐやってくるのかも知れないその日を想像したが、上手くいかないのだった。 



  <おわり>                      
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