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act.6 -final-

(くそっ、アホ野分!ボケ!)
心の中で罵倒しながら足早に中庭を去る。
そもそもあのアホボケカスが外で不埒な行為に及んだのが悪いっ!
ましてや自分の職場だぞ?!何考えてるんだ、あのアホ野分!
そ、そりゃぁ俺も久しぶりの接触に離れがたくてついついアイツの服に縋るようなマネをしてしまった気もしないでもないが・・・って、断じて違う!
ずんずんと脇目もふらず歩く。

「俺も流され過ぎだっつーの!」
思わず口から漏れたその時。

どしん

そのままの勢いで人にぶつかってしまった。ぐらり、と視界が揺れる。
眼前には白衣。
「おっとー。院内では走らないでくださーい」
降ってきた声の主に心当たりが大アリで、その腕に抱きとめてもらっているくせに、どん、とその体を押し返す。
「走ってねーよ」
ギロリと睨み返すのはコイツに対する癖のようなものだ。
(今日なんて、本当はまずこないだの礼を言うべきなのに、これはもう条件反射としか言いようがない)
そして学生が『鬼の上條』と恐れる眼光も、この男には軽く受け止められてしまう。
「煙草1本吸う間、付き合いません?」
反論を待たずにぐいと腕を引っ張られる。
その力は決して強くはなかったので振りほどくことは容易だった。
そのまま足を向けたのは、ほんの気まぐれ、いや魔が差したとしか言いようがない。
こないだの礼を言ってなかったからとか、ほてった顔を少しでも冷ます為とか、いろいろ理由を取って付けては見たが、どれも違う気がした。

夕暮れ
木立が深い陰影をたたえる。
津森の上にも。
先ほどまでは違ったのに、ひどく疲れて見えるのは木立が長い影を落としたせいだと思った。
しかし考えてみたら役に立てないこともあるだろう研修医の野分ですらあれだけ多忙なのだから、現場で役に立つ存在であるコイツの方が忙しいであろうことは容易に想像できる。
付き合えと言った割りには何も話さずに煙草を吸っている。
そんな姿を横目に見つつ、俺のほうでもなかなか先日のことを切り出すきっかけが掴めずにいると、
「上條サン」
ふう、と紫煙を吐き出しつつ話かけられた。
「なんですか」
目を合わすでもなく応えると、さらに一口吸うあいだ間をおいてから
「流されやすいんスか?」
ぎゅ、と携帯灰皿で煙草を揉み消しながら、ニヤリと笑った。
「なっ!そんなこと・・・」
『アンタに関係ない』『そんなことない』俺はどっちを言おうとしたのか。
ただその言葉の先は口に出す前に飲み込んでしまった。
津森の表情がハッとするほど真剣なものに変わったから。

「いんじゃないスかね。流されるのもアリでショ」
ポケットから煙草の箱を出してトントン、と叩く。

「流されまいと踏ん張ることだけが頑張ってるってワケじゃないし。だってソレ、その場を動いてませんもんね。力使ってる割に」

そこで新しい煙草を取り出し、くわえたまま続ける。
夕方の風邪が吹き始めた。


「流されると、少なくともその場からは動ける。新しいトコに」


火をつけるために手を翳したので、ハッキリと見えた訳ではない。けれどもそう言う時、痛みを噛み殺すような顔をした。それは俺の気のせいかもしれないし、吸い込んだ煙草の煙にむせただけかもしれない。
けれども、なぜだか俺の胸もチリっと締め付けられたのだった。
コイツは動けないでいるのだろうか。
(こんなにヒラヒラと軽そうなのに・・・つーのは余計か・・・)
一瞬そんな考えが頭を過ぎる。

「そんなワケで」
クルリと俺と正面に向き合うと、もういつもの人を食ったような表情に戻っており、

「俺の方に流れて来ません?せっかくだから」

ふざけた表情で、真剣な声色でそう言った。
「・・・ハァ?」
咄嗟に返せずにいると、ククッと喉の奥で笑い
「冗談デス、多分ね?」
ふぅと最後に煙を吐き出してひらり、と手を振って帰って行ったのだった。
何がどうなって『せっかくだから』なんだ?!
残された俺は、質問はもちろん反論もできず、振り上げた手のやり場まもなく、ましてや先日の礼も言えないまま。
津森の残り香のような煙にゲホンと一つ咳をして、

「仕方ないのはテメーの方だ、バカヤロー」

その呟きはヤツには届かなかっただろうけど。


<終わり>

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