close to you

act.3

「んー」
大きく伸びをする。 病院にトンボ帰りして処置を済ませて、そしてまた帰り。
もうこのまま勤務しても良かったんだけど、あの店に残してきた人のことが気になった。
きっともう帰っているだろうけど。
けど律儀なあの人のことだから、お代は払っているだろうな。
『アンタに借りを作りたくない』とばかりにむすりとした顔で支払いを済ませているあの人が思い浮かんで、思わず笑ってしまった。


状態は安定したから、今度は飲むかと思いながら再び入り口をくぐる。
「おかえりなさいませ」
さっきは俺たちだけだったが、お客が増えていた。もっとも、この店が一番混むのはまだまだ先で、深夜になってからなのだけれど。
「?!」
さっき座っていたところに、まだ彼がいたのに驚く。まさか待っていた訳ではないだろうけど。
「上條サーン、もしかして俺のこと待って・・・」
する、隣に腰を下ろして、言い終わる前に気付いた。
様子がおかしい。
「正吾、どんだけ飲ませた」
いつも俺を見る時は気難しげに寄せられる眉もなだらかなカーブを描き
キリと引き結ばれた唇も濡れてうっすらと開いているし、
なにより瞳が。
強い意志の光を宿す瞳が、今はとろりとしていて、ふわりふわりと視線を泳がせ、今はぼうぅっと爆ぜる薪を眺めている。
「いえいえ、津森さんが病院へ戻ってから、同じのをもう1杯だけですよ。
ついさきほどまでシャンとしてらしたんですが・・・」
チェイサーもお出ししたのですが、と正吾が続ける。
ポートワインは甘くて口当たりがいいからついつい杯を重ねてしまいそうになるが、そもそもはワインにスピリタスが足されている訳で、アルコール度数としては高い。

小さくため息をついた。
たかだか2杯に満たない量で、これだけ無防備になられては、困る。
「上條サーン」
ひらひらと目の前で手を振ると、ゆっくり視線をこちらに戻し
「おー」
ヘラリと返事を返す。
「酔っぱらってんですよネー?」
「んー?そんあことねー」
語尾にえへへ、と混じるアタリ、完璧に酔っていると思いマス。
ちらりと病院に残してきた後輩の顔が脳裏をよぎる。
「帰りましょうかー?」
「えー」
支払いをしてから腕を掴んで立たせると、絨毯の上で足下もふわふわしている。
「あーもー。仕方ない人だなー。歩けます?」
「んー」
「あーホラ、頭ぶつけますって」
「おー」
頭をぶつけないように庇いながら、扉をくぐらせる。
屈んで、立ち上がった拍子に

どん

上條さんが俺の胸に凭れ掛かってくる。
店内の香り高い薪の匂いや
ポートワインの甘い香り
そして酔って体温が高くなったせいで立ち上る彼自身の匂いとか
それらが俺を急襲する。

「さ、帰りますよー、階段上りますよー」
「ん・・・」

普段ならこの攻撃、かわせるんだけどさ。
なんつーの、俺も連勤で疲れて体力落ちてんだよネ
そこにこの攻撃。しかも無自覚に爆弾放り投げて。

「それとも」
・ ・・ほんと、仕方のない人だ。


「俺んち、来ます?」


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